2016年1月1日の東京でのモノクロ写真
以前、中華製のCマウントのレンズを付けたパナのGF-3を使って東京を縦位置で撮影したことがあった。
その時のフィオルダを探してその時のデータからのモノクロレタッチしてみた。
中にはレンズフレアが出てる写真もあるけども、けっこうよく写ってますね。
使用したレンズは35ミリ。
マイクロ・フォーサーズにつけると70ミリくらいの画角になります。
縦位置写真と単焦点の中望遠のコンビネーションは相性が良いですね。
あの縦位置写真で知られた中平卓馬は100ミリのレンズと使って撮ってました。
なんで100ミリなんだろう?って思ってましたが、自分が中望遠のレンズ使って縦位置で撮ったみたら、なんとなくその意味がわかったような気がした。
中望遠で縦位置ってなると、さらに望遠効果がでますよね。
画角が狭くてきっちりとフレーミングできません。
そのため被写体がフレームに入り切らない写真になってしまうため、写真から意味が削がれるように思います。
それを意図的に中平卓馬がやっていたのかわからないけども、感覚的にそれをやっていたのでは?と自分は思うのですね。
「悲しそうな顔をした猫の図鑑はない」という言葉で有名な中平卓馬ですが、演出した写真ではなくあるがままを記録しようとするのに横位置の写真て。
それに比べて横位置写真は、無意識にでも演出しやすいフレームというか。
記録に徹するのに、横位置のフレームって融通が効きすぎて無意識のうちに撮る側の意識が過剰になるような気もします。
中望遠の縦位置で撮影することで、写真から意味を排除しやすくなりますし、中平卓馬は意識的か無意識かしらないけども、写真から意味を削ごうとしてたのでしょうかね。
意味って撮る側の思惑でしょうし、それを排除することで記錄性が如実に立ち現れるのだと思います。
それと中望遠の縦位置の画角っていらないものが入りにくいです。
そのため何を対象として撮ってるのか、ストレートに写真にでますよね。
図鑑の写真を思い浮かべたら、図鑑の写真って対象がはっきりしてます。
自分の中で腑に落ちましたね。
この記事で投稿した縦位置の東京の写真は2016年の1月に撮った写真。
もう9年ほど経ってるのです。
4,5年前のように思ってたのですが。
自分の縦位置写真の歴史も結構古いわけですが。
縦位置の写真は自分はカラーで撮影していてモノクロで見せることを想定して撮ってませんでしたが、モノクロに変換して色情報をカットしてやることで、さらにシンプルになったように見えます。
さらに写真から意味が削げたように思えます。
さて、さて、今年の大晦日から東京に行くことを予定してます。
正月の三が日を東京で過ごそうと思ってます。
2016年の1月の時のように2024年の1月の東京を縦位置で撮っても面白いかな、って思ってみたり。
今の自分が縦位置で東京とどういうふうに向き合うのか、試してみたいですね。
カメラとレンズは先日の鶴見緑地公園で撮影した機材をそのまま使って。
品川の街を縦位置で撮り歩きたいって気持ちが沸々と湧いてきました。
しかし正月から品川の無機的な街を縦位置で撮るって、なんかイカれてますな。
結局は浅草寺に行ったり、靖国神社に行ったり、神田明神に行ったりするんでしょうけども。
お正月の靖国神社も格別です。
初めてお正月の靖国神社に行った時に獅子舞はいるし、露店もたくさん出てるし、物々しい雰囲気の神社でないことに驚きましたね。
靖国神社って中韓に政治利用されたりしてて、さぞかし堅苦しい物騒な神社というイメージだったのですが。
警察の警備の物々しさも若干あるものの、本来はもっと庶民的な神社なような気がしますね。
さて、さて、そろそろ東京行の夜行バスのチケットをおさえておかないといけない時期です。
チケットの価格がまだ下がりそうな気配があるので、もう少し購入を粘ります。
流石に今の物価高だと3000円は切ることはなさそうです。
いろいろ書いたけども、支離滅裂な文章になってしまいました。
そもそもこのブログは誤字脱字系ブログなので、支離滅裂でええのねすね。
っていうか、誤字脱字系ブログってあるんか?
まぁ、ええわ。
多分、また明日も写真を投稿すると思います。
では。















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